寿ゞ家とは

天保の頃、初代家主鶴吉は旅籠を営んでいたそうで屋号は『鈴屋』 昭和に入り4代目宇太郎が家督相続し、料亭に改めました。この宇太郎、家督を受け継ぐ前は東京の芝で料理人としての修行を積む傍ら、尺八にも熱心だったようです。料亭になってからは『寿ゞ家』と改称し、かつての花街らしく多数の芸妓さんが出入りしていました。江戸前仕込みの宇太郎の料理と女将・節子の巧みな客扱いで多くの常連客がいたようです。3階の舞台には一筆書きの富士山と鷹と松が描かれ当時のにぎやかな様子がうかがわれます。

 

しばらく空き家であったため老朽化が進み、現在は地域人文化学研究所の方々が少しずつ改修をしています。


足助ゴエンナーレはこの『寿ゞ家』がメイン会場です。

 

増築 を重ねた家屋は坂に建てられており、本館の窓からは飯盛山・足助城を見ることができ、新館と本館をつなぐ廊下からは足助の町の屋根の連なりが望めます。
家屋は時代も様々で大変複雑な造りとなっています。いくつかの階段があり、いったい自分がどの辺りに居るのか1階なのか2階なのか3階なのか、、、一瞬迷うような造りです。
ちなみに現在の『寿ゞ家』にはガス・水道がありません。

2015年〜

2014年〜

2013年冬〜2014年春

足助ゴエンナーレ2015映像